精神疾病の再発

2 前記認定された事実に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。
(1) 先ず、請求人の当該傷病の初診日が昭和55年12月2日であり、裁定請求日まで継続した同一傷病であることについて、請求人及び保険者双方に争いはない。
 ところで、社会保険の運用上、過去の傷病が治癒したのち再び悪化した場合には、再発として過去の傷病とは別傷病とし、治癒が認められない場合には、継続として過去の傷病と同一傷病として取り扱われるが、医学的には治癒していないと認められる場合であっても、軽快と再度の悪化との間に外見上治癒していると認められるような状態が一定期間継続した場合は、いわゆる社会的治癒があったものとして、再発として取り扱われるものとされている。
 医学的知見によれば、理想的な「疾病の治癒」は、原状の完全回復であって、「治癒操作、すなわち、薬物の持続的服薬、日常生活の制限、補助具の装用などを行わなくても生体の機能が正常に営まれ、かつ、病気の再発が予測されない状態」と定義することができるが、大部分の精神障害を含めて、慢性の疾患では、上記の理想的治癒像はなかなか得られないところ、多くの精神障害については、「日常生活にあまり障害を与えない治療を続けて受けていれば、生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態」が「社会的治癒」であると解されている(資料7)。
 そこで、請求人の当該傷病の症状が軽快してC病院を退院した昭和61年9月から当該傷病の悪化により同病院に再入院した平成8年2月までの間に社会的治癒に相当する期間があったかどうかを検討する。
(2) 請求人は、資料3及び前記1の(3)で認定したとおり、当該傷病により昭和55年12月2日、○○病院(現在のC病院)にて入院加療を受けた後、当該傷病により同病院への入退院を繰り返しており、資料2によると、昭和61年9月に同病院を退院後は月に1回程度の通院をして、HPD(ハロペリドール・抗精神病薬。注:通常使用量は1日3~6mg、症状により増量する。)及びCP(クロールプロマジン・精神神経用剤。注:通常使用量は1日50~450mg、症状により増量する。)を主薬とする薬物療法及び精神療法を受療している。
 そこで、請求人に係る主薬の1日分の投与量(以下「投薬量」という。)の経過をみてみると、同病院退院後の通院開始日(昭和61年9月19日)における投薬量は、HPDが12mgであり、同薬の通常使用量を超えるものであったが、同年10月に9mgに減量投与され、昭和62年2月には通常使用量とされる6mgに減量投与されている。また、CPの投薬量は、当初は450mgであったが、昭和61年11月に375mg、同62年2月に300mg、同年8月に200mgといずれも通常使用量の範囲内で減量投与されていることが認められる。
 請求人が、事業所で勤務を開始した昭和62年12月から平成2年1月までの投薬量についてみてみると、HPDが6mg、CPが150mgを維持量として投与されており、平成2年1月には、CPが100mgに、同年3月には、HPDが4mgに減量されてこれが維持量とされ、平成4年7月から請求人がC病院に再入院する平成8年2月までの期間は、HPD又はインプロメン(精神神経安定剤。平成6年5月からHPDに変更して投与。注:通常使用量は1日3~18mg。症状に応じて1日36mgまで増量する。)の投薬量が3mgと少量の維持量に変更されているところ、CPの投薬は平成4年12月から中止されている。そうしてD医師は、請求人の病状が寛解状態にあったことを認めている(資料1-3)。
 以上みてきたように、請求人への投薬量が、遅くとも昭和62年12月から平成8年2月までの期間(以下「当該期間」という。)について、通常使用量の下限又は下限に近い水準で維持されており、「生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態」にあったと認められることから、請求人は当時、精神医学的に「社会的治癒」に該当する状態にあったと判断できる。
(3) 次に、請求人の就労状況であるが、請求人の職務は○○であり、請求人の勤務時間は、18時間実働の夜勤を含む変形労働時間制であって健常人にとっても決して緩やかな労働条件ではない。請求人は、その職務を昭和62年12月から平成8年2月の再発初診日まで8年以上にわたって継続しており、請求人は、公開審理の場において、この労働条件は就労当初から平成8年2月の再入院までの期間に変更はなかったと申述している。また、請求人の標準報酬月額が順調に昇格していることから、請求人の勤務実態が事業所から評価されていたことが窺われる。したがって、請求人は、当該期間について、厚生年金保険の被保険者として健常者と変わりのない社会生活を送っていたと判断するのが相当である(資料1-1、同1-3及び同3ないし同5)。
(4) 以上を総合的にみてみると、遅くとも当該期間については、当該傷病に係る薬物治療の内容・経過から「精神医学的社会的治癒」の期間が認められ、これに請求人の就労状況をも勘案すると、保険制度運用上「社会的治癒」と認めるべき状況が存在したものというべきである。したがって、本件においては、厚生年金保険の被保険者期間中である平成8年2月12日の受診をもって初診日とするのが相当である。